Sunrise Sunshine

2008年ツアー覚え書き。

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一筋の光を感じるとするならば。

やっと観てきました、私は貝になりたい。
平日の昼間でしたが6割くらいは入ってたかなあ。
まあわたしたちがたぶん一番若いくらいの年齢層でしたが。

なんだろうな、そんなに泣きませんでした。
ただ終わった時にぎゅうーーーっと痛いくらい手の中のハンカチを握りしめてて
それはきっと目の前で起こったことに耐えるために
知らず知らず息をつめてただ画面を見据えていたからやったんやろなと思います。


今彼を思い出すとき
なぜか「あなたのためにできること」の歌い出しが浮かんできます。
広い世界の中のほとんどの人は気にも留めないくらいの小さな出会いと別れのお話。
何万何十万何百万の中に埋もれてしまうような彼の人生でも
たしかにそこに生きていたその輝きが深くこの映画の中に刻み込まれていて
そのことでここでは語られない、彼とかかわっていく人たちの人生や家族や
そんなものまでがひとつひとつ愛おしく感じられるような
だからこそ際立つくやしさやむなしさが胸に迫るような
そんな映画でした。

観ている私たちを含めて彼と少しでもかかわった人はみんな
戦犯として処刑される彼に対して
決して彼がそんなことをする人でないことが確信できる
そう思うと「知る」ことってやっぱり大切やなあと思います。
彼が知らない誰かなら戦犯と聞けば戦犯なんだとしか思わないですもんね。

と同時に当事者にならない限りすぐ隣まで何かが迫って来ていても
それは他人事なんだなあという人間の浅はかさというか悲しさみたいなことも
感じさせられました。
だからこそできるだけ相手を知る努力をし想像力を働かせて
こんな思いをする人がひとりでも減るようにしていかないといけないし
していけるんやないかなとも感じました。

草なぎさんがどこかで話していた観た後に感じる一筋の光があるとするならば
観てる間、どうすればよかったんだろう、自分ならどうするんだろう
って思いながらどうにもならなくなっていく彼を見ていることで
そんな人間の持つ可能性が自分の中にもあることを認識できる
そしてそれが自分だけでなくきっと見た人の中の多くの人たちの中にも
そんな思いが宿ってるのではないかという希望が感じられる
そんなところなんかなあと思いました。


で、ここからはSMAPファンとしてですが。
ポスターで中学生みたいに可愛い中居くんですが
中居くんがこの映画をやろうと思った、その覚悟みたいなのが
まずファンとしてとてもうれしい。
いろいろ言われるのは承知の上で
でもどんな形にしろ今後世に残していかなければならないものとして
真摯な気持ちで取り組んでいるのがとてもよくわかるので。
ぎゅっと抱きしめて「ようやった!」とあのクリクリ頭をぐりぐりしたい気持ちです。
しませんけど。っていうかさせてもらえませんけど。笑
時々大写しになる手が好きすぎて困りました。

あと草なぎさんですが
観る前から出る出るここで出ると聞きすぎてて
あ、出た、って感じでちょっと残念でした。笑


観てる間じゅう、隣の人たちがばしゃばしゃと音させながら何か食ってて
(始まる前からから揚げ弁当とか食ってたのに)
そのにおいと音込みで見てたわけですが
(さすがに最後の30分くらいは食べてなかったけど)
スクリーンの中で起こってることとのギャップに
あらためて長く続くこの平和のありがたさを感じたりして。

いつまでもこの平和が続くように祈るだけじゃなくて
できることをどんな小さなことでもしていかないといけないよなあ。
もしなにか事が起こったとして
まずSMAPさんたちを今みたいに見ることができなくなると思うだけで
ほんとに心の底から嫌やもん。


さ、次はバラッドかな。楽しみ楽しみ。
っていつ公開なんやろ。(知らんのかい。笑)
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コメント

こんばんは~。
でへへ、コメント職人です。(メールのお返事もせずに申し訳ないです。ゆっくりのんびりお返事は書いていこうと思ってるんで・・・許してね)
貝を観た後、併設されてるショッピングモールのクリスマス仕様のきらびやかさにクラクラしながら何となく居心地の悪さを感じて、自販機で缶コーヒーだけ買って帰ったのを思い出しました。
映画はフィクションで二等兵であのような過酷な判決を下された方はいなかったとのことですが、映画の中の色んな要素はフィクションを交えつつも確かにあったことで、日本人以上に過酷な扱いの朝鮮人戦犯の話などを知ると、時代の流れの無情さに呆然としてしまいました。平和な時代に生まれてきてラッキーって思うだけではいけないような気がして・・・でも何が出来る?って考えたら、知ることなのかな~と思ったり。
エンドロールを見て一番泣けた私は、感謝の涙だったのかな~。
中居くんが出ていなかったら観なかったし、本を読もうなんてサラサラ思わなかったはず。
この仕事選んで全力で演じてくれてありがとう~って泣けたんだな。

また、コメント残しにきますね~。

  • 2008/12/23(火) 21:34:35 |
  • URL |
  • よもぎ #-
  • [ 編集]

いらっしゃいませ。

コメントありがとうございます。
自販機の缶コーヒー、なんだかとてもよくわかります。
たった60年前に自分が今立っているところでも起こっていたかもしれないこととは思えない出来事と今自分がいる場所との折り合いがすぐにはつきかねたまま映画館から放り出された感じでしたよね。
でもすぐに答えを出す必要はないんだろうなとも思います。ゆっくりじっくり咀嚼して自分のできることを探していくことが中居くんからの宿題、な気がします。
そう思うとわたしたちはいい人たちのファンやってますよね。
またコメントしに来てくださいね。
っていうかもう次の記事もできてますし。(笑)お待ちしてます。

  • 2008/12/24(水) 01:44:35 |
  • URL |
  • kanon #DEeQ.RZA
  • [ 編集]

無駄に長いです

しつこくてゴメンネ。
林博文氏のBC級戦犯裁判って本の一文を紹介します。
戦後の一時期戦犯に責任を押し付け、戦犯やその家族を非難攻撃することにより一般民衆は自らの責任を問うことなく済ませた。状況が変わると、戦犯を戦争被害者として同情の対象にし、あたかも戦争犯罪そのものがなかったかのように戦犯釈放運動を支持することにより自らの責任を免れようとしてきた。裁判の不当性を主張することにより自分達を含めた日本人全体の責任を解除しようとしたと言えるだろう。
日本が犯した侵略戦争と残虐行為について、その中での民衆の責任について真剣に考えたのは、スガモプリズンや中国などの一部の戦犯たちだった。日本の独立の回復と戦犯釈放問題は、日本が行ったことをあらためて日本国民全体で考える絶好の機会であった。


その絶好のチャンスを逃し戦後60年以上経ってしまったわけですよね。
貝の作者の加藤哲太郎氏の本も読んでみようかな~と思ったりしています。貝は、こんな事があったんだよ・・・って多くの人たちに知らせる重要な役割にはなったけど、責任の所在みたいなのが余計に曖昧にはなったかなとは思う。
戦争が全て悪い!!とひとくくりにして終わるのではなく、いくら戦争だからって、やっていい事悪い事、人道的かそうでないかの判断は、時代や風潮にながされるのではなく、各個人でも考えるべきなんだよね。ただ、背くってのは、やっぱり強くないと出来ないんだけど・・・。
だから、戦争ってのはやっぱりやっちゃダメなんだよ。人が狂っちゃうから!(結局、簡単に終わらせてしまった・・・考えるのが苦手なよもぎさん)

すんません、無駄に長くて!

  • 2008/12/26(金) 09:48:41 |
  • URL |
  • よもぎ #-
  • [ 編集]

ま、人間、どんなことでも誰かのせいにして解決した気になる人の方が多いですからね。考えなくていいから楽チンだし。
でもせっかく自由にいろんなこと考えたり発言したり行動できる時代に生きていられるのだから(自由、の意味もちゃんと考えてないような人も多いけどね)じっくり考えていろんな人の話聞いていろんな人と話しして大事なことを見失わないように生きていけたらいいなあと思いますよね。

あんまり書くとこなくて申し訳ないですがまたどこか見つけて長文書きに来てくださいませ。
お待ちしてます。

  • 2008/12/27(土) 15:33:34 |
  • URL |
  • kanon #DEeQ.RZA
  • [ 編集]

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